■ それは陽だまりに似た ~ おまけSS ~
ユキとシロの大怪我もようやく治り、初春を迎えたある日。アオは、再開準備中のディーノへ遊びに行った。長らく“休業中”の札が下がり、照明が落とされたままだったディーノに明かりが灯ったことに喜びを覚えつつ。しかし特にすることもなかったアオは、その時ふと心によぎったことをそのまま口にした。
「俺思ったんすけどー」
のんきなアオの声に、食器を洗い直していたシロもまた穏やかな声で「んー?」と返してくれた。折しもその時クロは出ていて、店内にはアオとシロの二匹しかいなかった。
「シロさんて、老け専だったんすね」
だがその言葉には、シロは目を白黒させて悲鳴に似た声を上げて振り向いた。
「ふ……!老け専?!何ソレ!!」
その反応に、あれ? と思った。
アオの予想としては、「そうなんだよねー」と流されるか「もっと他に言いようがあるでしょ」とたしなめられるかのどちらかだったのだ。まさか根底から疑問を呈されるとは思いもしなかった。
「だってー。シロさんが昔付き合ってたっていう狼さんといいユキさんといい、老け顔だから」
見ればわかるでしょ? という気持ちを込めて言う。だがシロはブンブンと激しく首を振った。
「違うよ!トキさんは実際若くないんだよ!!」
白いふわふわのしっぽで床をパンパン叩いてまで猛烈に抗議する。
「えー。でもユキさん、まだ21でしょ?ぜんっぜん、そうは見えないけど」
「ま……、まあ確かにユキは……若々しくはないけど……。でも……!」
そうなのだ。
リーネア・レクタの誇るエリート統括官様であり、また次期総裁を嘱望されているユキはなんと弱冠21歳。旭日昇天の勢いで出世したわけであるが、実際はまだまだ若造なのだ――年齢の上では。しかしユキを見て、21歳の青年らしい若々さを持っているとか、爽やかだとか称するものは皆無であろう。
そんなユキを番いにしているということは、つまりシロは“そういうの”が好みなのだな、とアオは思ったわけなのだ。そして、そのこと自体は別にさほど珍しくもない。実年齢より老けているということはつまり大人っぽいとか落ち着いているということでもあるし、そういうオスを“可愛い+かっこいい=かわかっこいい”、などと言って愛好するひとは割といる。
だからむきになって否定することでもないのだが……どうやらシロにはその自覚はなかったらしい。
「ちなみに、狼さんはいくつなんです?」
サビ色の、良く言えば色男、悪く言えばひとを食ったような態度のあのひともまた年齢不詳の部類であった。
「確か、35。俺とちょうど10違うはずだから」
「35っつったら、俺の直属の上司よりずっと若いっすよ。なのに何かー、老成してるっていうかー」
アオの直属の上司にあたる熊のおっさんは御年46。最近とみに丸くなってきた。もちろん人間性が、ではなく、腹が、である。
その熊に比してもなおトキには妙な貫禄がある。
「トキさんは昔からああだよ。初めて会った時から、おっさんっぽかったもん。実年齢は関係ない」
フンッ、となぜか鼻息荒く主張するシロに、アオは首をかしげた。
「つまり、シロさんはそーゆーのがお好みなんでしょ?」
「ちがうー!俺は可愛いものが好きなの!ショタコンとかロリコンとか言われるならわかるけど、老け顔が好きとか、誤解も甚だしいよ!!」
「だってシロさん、若い子なんて一人もはべらしてないじゃないすか。老け顔しかはべらしてないじゃん」
「……!!!」
その瞬間、シロの顔色が変わった。
あ、なんか変なスイッチ踏んだかな、と思う。けれども何のスイッチを踏んだのかわからない。
「 アオくん……ちょっとおにーさんとデートしようか!詳しく説明してあげる!」
なぜかプンプンしながら立ち上がったシロに、アオはできる限りの可愛い声を出して言ってみる。
「シロさん、おれおなかすいたー」
少し上目遣いで可愛い子ぶってみると、シロはあっさり頷いた。
「いいよ!ユキから給料貰ったばっかだし!!」
「わーい!!」
これは奢ってもらえるやつ、と狂喜乱舞する。ディーノのカウンター席から飛び降りて、アオはシロの元へと一目散に駆け寄る。クロにメモを残したシロは、そのままアオを街へと連れ出してくれたのだった。
+++
一ヶ月後。
ユキの手元にクレジットカードの請求書が届いた。端末を操作して確認したところで、奇妙な請求を見つけて首をかしげる。
「ねぇ、シロさん。クレジットカードの請求書来たんだけど……この、『みんなのカフェレストラン・スターダスト』で4万って何?」
ファミリー向けのレストランでシロと食事をした覚えなどない。不審に思いつつ尋ねたユキに、シロはあっさりと答えた。「 あ、これアオくんと二匹で行ったやつだ」、と。
「二匹で4万……?何食べたの……??」
スターダストの売りは、安価で長居できること。それなのに4万の請求とは。
「そうだ、ユキ聞いてよ!アオったらさあ、昔のユキの話をいっぱいしてあげて、写真もいっぱい見せてあげたのに、『ぶっちゃけそこまで可愛くない』とか言うんだよ!信じられる?!」
「はぁ……?」
「だからね、これはもしや目が見えてないんじゃないかと思って、メガネ買ってあげたの!!」
スターダストの4万とどう繋がるのかわからない。だが“メガネ”という言葉に思いつくことがあった。
「それってひょっとして、この『メガネショップ』6万……?」
スターダストの下に並ぶ、謎の請求。シロは深く首肯した。
「そう!なのに、『シロさんの方が目が悪いんじゃないすかね?メガネ買う?』とか言うしー!!」
憤懣やるかたないといった様子のシロだが、ユキにはシロが怒っている理由も、メガネをアオに買った理由も全くもって理解できなかった。プンプン怒っているシロを眺めて、眉をひそめる。
「………シロさんは、一体何がしたかったの……?」
だが、その問いかけに対する返答は一転して実に明瞭だった。
「ショタコンだと言われたかった」
しかし、明瞭であるにもかかわらず、意味はさっぱりわからない。
「何それ?!何でそんなの言われたいの?ショタコンなの?どこぞの幼児でも囲う気なの!?」
「ちがうー。そうじゃなくて俺はー」
「許さないよ!どこの馬の骨ともわからない子どもなんて、絶対養わないから!!」
ようやく戻ってきたふたりの生活に、邪魔ものなど入れてなるものか。
「馬の子なんて拾ってこないって。そうじゃなくてー」
「犬の子でもダメっ!!」
ぎゅう、とシロをきつく抱きしめる。そうじゃないんだって、とシロはまだ訴えていたが、ユキはただぎゅうぎゅうとシロを抱きしめた。
+++
「クロ、見てみてー!シロさんに買ってもらったメガネ!」
久々の休み、一緒に街へ出たクロにアオは最近のお気に入りを自慢する。だがクロはわずかに片眉を上げただけだった。
「お前、視力2.0だよな?」
「うん!だからダテ眼鏡ー」
眼鏡のフレームを指でクイッと上げてみる。我ながら、スクエアの伊達眼鏡に、黒シャツ、ジャケットを合わせたジャケパンスタイルは似合っているとアオは思う。逆ナンされちゃったりしないかなー、とウキウキしながら足取り軽く歩く。
しかしそんなアオの背後、スッ……と近寄った影があった。
「アオ……?今何て言った……?」
「げっ、ユキさん!」
振り返ったアオの顔が白を通り越して青くなる。真っ黒なオーラを発するユキがそこにはいた。
それは陽だまりに似た おまけSS <完>
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