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■ それは陽だまりに似た 14

「ん……っ、……ぅ」

 獣が肉を食むような、粘ついた音が寝室に響く。舌と舌をすり合わされ、絡められ、吸い上げられれば、シロの身体の内側、燻るような火が灯る。しかしユキは身体を横たえたまま、向かい合って横たわるシロの唇を角度を変えて繰り返し食むだけで、その身体を抱き寄せることすらしなかった。
 目の前にあるユキの胸に包み込まれたい。きつく抱きしめられ、ホワイトタイガーの大きな身体に囚われたい。これまでのユキとシロの関係ならば、もうとっくにそうなっていい頃だ。だが今日のユキはそうしない。
 唇ばかりが熱く、腫れぼったくなってきた気さえする。肩や背中がすうすうして、酷く頼りない気持ちになる。たまらなくなってユキの舌を軽く噛むと、少し唇を離したユキが喉の奥で低く笑った。
 わかってやっているのだ。
 ユキが欲しくてたまらない気持ちを煽るだけ煽っておいて、あえてキスから先に進まない。ならば、と自らギブスに覆われた右腕でその首に抱きつこうとしたが、ぎごちなく動かそうとする間にやんわりと撫で下ろされた。いたわるような、慈しむような撫で方。そして指先が、そっと包帯に包まれたシロの両手に下がる。指と指の間、包帯のない指間部をそっと触れるか触れないかの微かさでなぞっていく。その動きにぞくりと背筋を這い上がるものがある。

「……ユキ、もう………んっ」

 抗議しようとした声すら、またキスに吞み込まれる。舌を絡め、唇を食むキスを繰り返すだけ。思うように動かない両手がもどかしい。捕らえられた獲物をいたぶるような態度に腹が立って、反撃したく思うのに、それが出来ず、悦楽を募らせていく身体が恥ずかしく、悔しかった。いつだってしがみつくように強くシロを求めてきていたユキに、こんなにも焦らされる日が来るとは思いもしなかった。
 どれくらいの時間が経ったのか。ようやく唇が離れたとき、よほどシロが恨みがましい顔をしていたに違いない。それを見たユキは、驚くほど甘ったるい顔で笑う。そんな表情にどうしようもなくときめいた。
 ユキが、好きだ。
 それは小さいころからよく知っているからとか、幸せになってほしい大切な存在だから、とかではなくい。もはやどうしようもないほどに、ユキというひとに惚れている。そんな今更芽生えた自覚を隠すように、シロは奥歯を嚙み締めてユキにキスをした。

 本格的な冬が到来し、雪に降り込められたレース・プーブリカの夜には物音一つ聞こえない。はぁはぁという荒い吐息さえ響くように感じられた。
 片腕で抱き込まれて身動きがとれないシロの唇をユキは執拗に追いかけてくる。キスが長すぎて、いい加減窒息しそうだ。
 そうしながら、ユキはもう片方の手のひらをシロの全身に滑らせる。腕や背中、腹から、腰や腿まで。いやだと言っても聞き入れられず、首筋から耳の裏まで、余すところなく撫で回された。そのたびにシロの腰が震える。そんなシロの反応に気づいているはずなのに、ユキはあっさりとそこから手を離してしまう。性器も同じだ。服の上からゆるゆると撫でられただけで腰が砕けそうだったのに、決して深追いはしない。そんなことを繰り返されて、後に残るのは、中途半端に煽られ燻る体だけだ。
 右手はギブスで固定し、左手は三角巾で釣ったままの手では臍の下ですでに頭をもたげている自身を隠す術などなく。だからといって先を促すこともできず、シロは心もとない声でユキを呼ぶことしかできない。
 ユキ、と呼ぶ情けない声に顔を上げたユキが目尻を下げる。すでに頰を上気させているシロを見て、可愛い、と囁き、またキスをする。

「ん……く、ぅ……っ」

 喉に届くほど深くユキの舌を受け入れ、背中をのけぞらせる。手を繋ぎながらキスをしたときも蕩けそうだったが、肌に触れられたことで感度が一層上がった。そんなシロの腰をユキはようやく抱き寄せる。促されるまま、大きく足を開いて片脚をユキの腰の上へ乗せた。体が熱を持て余す。するりと滑って下履きの中へ潜り込んだ指が、隘路に触れる。どんな顔で目の前の端正な顔を見つめればいいのかわからず、シロはユキの首にギブスの右腕を回して顔を伏せた。間を置かず、指がゆっくりと沈み込んでくるのを感じ、喉が震える。

「ん……ぅ――……」

 そこに何かを受け入れるのはいつ以来だろう。ユキが事故に遭ってから三ヶ月以上。時間が開いてしまったので、少しばかりきつい。そんなシロをいたわるようにユキは人差し指を半ばまで埋める。それから確かめるようにゆるゆると指を出し入れした。思わず引き止めるように締めつけると、わずかな間の後、さらに奥まで指が押し入ってきた。
 シロは唇を嚙んで声を殺す。
 事故前は散々ユキに慣らされた体だ、痛みはない。なのにユキは焦れるほどゆったりとシロの中を押し広げていく。時折指の腹が弱い部分に当たって、喉の奥から高い声が漏れそうになった。ゆっくりと中で指を曲げられると、同じ速度で背中がそる。
 腹の下で頭をもたげた雄は、もう隠しようもなく先走りの蜜をこぼしている。ユキが指の動きを止めると、物足りなさに自ら腰を揺らしてしまいそうになって、堪えるのが辛かった。

「……ん……んん……っ」

「……シロさん、声出して」

 片手でシロの背中を撫で、ユキは優しいくらいの声音でねだってくる。
 シロは目元を赤く染め、荒い息の下から切れ切れに応じた。

「……や、だ………恥ずかしい……」

「いまさら?」

 数えきれないくらい身体を重ねてきたのに、とからかってくるユキに、腹いせに彼の肩に歯を立てる。しかしそんなシロの抵抗にもユキは身体を揺らして笑い、狭い入口にもう一本指を添えてきた。

「ん……、んん……っ」

 慎重に、じりじりと指を押し込まれてシロは息を殺す。痛むわけではない。むしろこちらを気遣い、ゆっくりとしか進んでこない指が焦れったかった。
 ただ慣らしているだけなのに、こんなに息が上がるのは初めてだ。今までのユキのやり方とはまるで違う。沈み込む角度も、指先が届く深ささえ。
 潤む視界を払うように瞬きをして、シロはユキの肩に頰を押しつけた。毎日のように身体を重ねていた頃ならば、とうに終わっているはずの準備段階にたっぷりと時間をかけられ、すでに身体が芯を失っている。ぐったりとしてきたシロに気がついたのか、ユキがシロの首筋にキスをする。

「シロさん、声出して。酸欠になるよ」

「……や、だ」

 あえぐように上下する首筋を、ユキが舐めた。その舌が熱かった。思わず中にあるユキの指を締めつけてしまい、喉の奥から微かな声が漏れる。

「ね、おねがい……シロさんの声が聞きたい」

 ぐずぐずと溶けて甘える内側を見透かしたように、ユキが二度、三度と指を出し入れさせる。あられもない声が漏れてしまいそうになりとっさに唇を噛んだが、鼻から抜ける声までは殺しきれない。

「ん、んんっ、ん……ぅっ」

「ほら、……」

 指の腹が入り口近くまで戻って、腹の方に向かってやんわりと押し上げられる。途端に下腹部に電流のような鋭い快感が走り、腰が跳ねた。シロの弱い場所をユキは忘れていない。

「ん、あ、や……あっ……」

「ほら、口あけて。唇切れちゃうよ」

 いきなり弱い場所を刺激されて硬直するシロを宥めるように、ユキはゆるゆると奥を搔き回す。奥は奥で気持ちがよく、シロは滴るような艶めいた声を上げた。
 涙で視界がぼやける。まだ指しか入っていないというのに、すでに息も絶え絶えだった。

「…シロさん、気持ちいい……?」

 弱々しくユキの胸にもたれかかれば、ユキに軽く耳を食まれた。喉を焼くほど甘い蜂蜜に似た、恐ろしく糖度の高い声が耳に流し込まれる。噓をついたらこの甘い声でどこまでも追い詰められそうで、素直に頷く。
 ユキの言う通り、とんでもなく気持ちがいい。指と唇だけで、こんなにも溶かされるとは夢にも思わなかった。この段階で前戯だというのなら、この後はどうなってしまうのだろう。

「ふ……ぁっ、あ……あぅ……っ」

 淫らな収縮を繰り返す奥の方を指の腹でこね回され、下半身に痺れが走るほど弱い部分を指先でそろりと撫でられる。思わず身体が逃げを打ったが、先んじたユキが片腕で腰を抱き込んでくるので動けない。弱い場所をピンポイントで責められる。力が強すぎては辛くなるほど過敏で、自分でも触れるときは慎重になる場所だ。最初こそ怯んだが、嚙み締めた唇はすぐにほどけて、甘い嬌声が滴った。

「あ……あぁ……あっ……」

「ここ、……好きだよね」

 ユキは機嫌よさげに目を細め、切れ切れに声を上げるシロの唇にキスをする。一瞬で離れようとしたそれを、震える舌を出して引き止めた。ユキの指に甘えて懐く内側を諫めることもできない。ぼんやりと潤んだ目でユキを見上げると、寝室に充満する甘い空気の中で、ユキが笑った。艶やかに赤い花が、闇の中でいっせいに咲きこぼれるような笑みだった。

「シロさんがこんなにぐずぐずなってくれるの、初めてだね」

 快楽と、そしてそれを上回る欲望が身体の奥底から湧き上がる。とろけるユキの目の奥でなにかがゆらりと揺れる。見極める前に、親指でゆっくりと頰を撫でられた。
 ユキの口元には、まだうっすらと笑みが浮かんでいる。左右から頰を包まれ動けないシロの鼻先に、ユキはひそやかにキスをした。

 

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