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■ きみを縛れたためしがない 5

「ん……ふ、……っ……」

 たまなくなって前に手を伸ばそうとしたシロの行く手を拒んで、ユキのもう片方の手がシロのペニスをきつく握り締める。故意に射精を阻まれて、シロの視界は一瞬真っ白に染まった。

「……ぁ……ぁ、は、ぅ……っ。ユキ、っ……や、……っ」

「なあに、シロさん」

 強烈な刺激をなんとかやり過ごして、背中を丸めたシロは、背後を振り返りながら嘆願する。けれどユキは楽しそうにシロのペニスをぬるぬると滑る手でいじって遊び、時折、ぎゅっと強すぎるほどの力を込めて屹立するそれを握りしめる。

「ぁぁああっ……っぁ、やめっ……ゆ、き……っ……」

 いつもなら痛みを感じるほどの刺激のはずが、ぬめるいちご液のせいで力がいい具合に滑って逃げていく。快楽だけが取り残されて、身体の中を暴れ回る。射精感が逆流する苦しさにシロは悶絶した。
 ぎゅう、と手脚の指先を丸めて、はくはくと口を開きながら、シロは何度も何度もユキの名を呼ぶ。ユキ、ユキと力なく繰り返すシロをユキは恍惚とした表情で眺めた。

「気持ちい……?ね、今日はシロさんが泣いちゃうまでイかせてあげようか」

「ユキっ……」

「それとも逆に、泣き出すまで焦らすのもいいなぁ。ねえ、どっちがいい?」

「や……」

 酷く意地悪な問いかけに、どっちもやだ、と涙目で訴えると、ユキはすごく嬉しそうに目を細めてシロを見た。

「可愛いね、シロさん。食べちゃいたいくらい大好きだよ」

 大好き、ともう一度囁くように告白したユキがシロのうなじにキスをする。卑怯だ、と思うのにぞくぞくとした感覚が背筋を走るのを止められない。小さい頃からのユキの口癖をこんな状況下で聞かされると、あの可愛かったユキとこんな行為に及んでいるのだという背徳感と、誰もが欲しがるこのオスは他の誰でもない自分を求めているのだという満足感に満たされた。それらが綯い交ぜになって、シロの快感に拍車を掛ける。
 ユキが歯を立ててシロの首に噛み付く。手加減された痛みは官能的な痛みとなってシロの身体を駆け巡る。
 ぐるぐると廻る快感に頭の中も掻き混ぜられて、ものもまともに考えられない。いつだってユキの思うがままに動かされて、それがさみしくて悔しくてたまらないはずなのに、絡みついてくるこの腕にいいように嬲られてしまいたいなどと思ってしまう。ユキの餌食になって骨の髄までしゃぶり尽くされてしまえばいい。ユキのはらわたで消化されて、ユキの一部になったっていいじゃないかという、そんな不健全な気持ちが一瞬にして頭を支配する。

「……ん、んんっ……ゆ、……っ……」

「なに?」

 ユキの指に指を絡めて、背後を振り返る。目の前にあった唇に舌を伸ばした。

「ん……シロさん……?」

「ゆ、きっ……んぁっ、ふ……ぁ、ねがっ……」

 舌に舌を絡めながらお願いする。切ない声が浴室に響いて、唇の端から垂れ落ちた唾液を拭うことすら忘れた。

「なあに……シロさん。どうして欲しいのか、ちゃんと言って……?」

「ん……んっ、んぅっ、……いっ、……い、ぁっ……ぅ」

 ペニスを締め付けるユキの指を上からなぞる。出したい出したい、と行き場をなくした射精感が暴走する。突っ込まれて滅茶苦茶にされて、指一本動かせなくなるまで気持ちよくなって達したい。セックスなんてそんなに好きでもなかったはずなのに、ユキに食われたくて仕方がない。けれど焦らされて痺れた舌では、いれて、の一言さえもうまく捕まらない。

「はは。シロさん、呂律が回ってないよ」

 優しい声で破顔したユキが、子どもの頃のように頬にそっと唇を落とした。ザバリと勢いよく音を立てて立ち上がったユキは、洗い場の壁と向き合うようにシロを立たせ、背後から腰を抱き上げる。
 シロが結合を覚悟するまもなく、硬くぬるぬるとしたペニスがずぶりと突き立てられた。

「ぁ、あ、ぁぁっ……」

「……っ、は……っ。さすがにつるっ、って入ったね」

 中までぬるぬるしてる、とユキに言われるまでもなく、摩擦なく入り込んでいることがシロにもわかる。ユキが腰を動かすたびに結合部がぬちゅぬちゅと粘ついた音を立てた。

「ぁ、ぁぁぁ、……ユキっ、ぁ……ぁ、やだっ、もっ、……ぁぁあ……」

「っぅ、……シロさんの中、すごい吸い付いてきて、……っ、俺の方が食われそ……」

 ユキが夢中で腰を打ち付けてくるのに従って、壁についた手が何度も何度も滑る。こすられすぎた内壁は、じんじんと熱を帯びて、今にも蕩けてしまいそうだ。なのに、ぬぷぬぷと掻き混ぜられるのが気持ち良くて、もっともっとと腰が強請る。
 しこり近くをぐちゅぐちゅ刺激されたかと思えば、ずぶりと奥まで貫かれる。焦らされ続けたからか、感度が高まりすぎて今にも気絶しそうだった。
 迫り来る射精感にたまらず背後を振り向くと、ユキが窮屈な姿勢のまま口付けてきた。滑る片手を壁から離して、ユキの首に回す。後ろ髪を握りしめて噛み付くようなキスをすると、ちゅ、と音を立てて応えてくれた。

「舌、出して……」

 請われるまま突き出した舌を強く吸われた瞬間、じんと脳が痺れて恍惚が身体中に満ちる。下腹部にぎゅうっと強い力がこもって、腰がびくっと跳ねた。

「……ぃ……ぁ……あぁっ……ああぁぁぁっ……!」

 シロを抱きしめていたユキの腕もひくひくと震えて、シロの中に熱いものがぶちまけられる。二度三度、と打ち付けられてから、ずるり、とペニスが引き抜かれた。少ししてからシロの内股を流れて、大量の精液がだらだらとこぼれ出す。床へ垂れ落ちていく感覚にシロの力が抜けた。
 ぐったりと耳を垂れて、ずるずると壁を伝って倒れこもうとするシロをユキの手が引き止める。

「大丈夫?」

 熱く掠れた声で囁く。脱力しているシロを抱き上げながら、額に軽くキスを落とした。
 最中は意地悪だったり強引だったりするけれど、シロが本当に嫌がることは絶対にしない。そしてその後は泣きたくなるくらいでろでろに甘やかしてくれる。変わらぬいつもの常套手段。
 いつもと同じ優しい光をユキの瞳に見つける。シロはそのまま意識を手放して、ユキに自分の身体を預けた。

   +++

 「あれシロさん、デザート変えたんですね」

 開店前の最終確認時にクロが何気なく発した言葉に、シロはぴくりとしっぽを折り曲げた。

「ユキさん楽しみにしてるみたいだったのに。レアチーズケーキのいちごソースがけ」

 むっつりと黙り込んだシロに、クロは本当にどうでもよさそうに言う。そんなにどうでもよさそうな態度丸出しにするなら言わなきゃいいのに、と思いながらシロは壁にかけた黒板を見上げる。
 そこに記された本日のデザートは、りんごのキャラメリゼ、塩バニラアイスを添えて。今朝になって急遽変えたメニューだ。りんごも慌てて買い足した。

「いいんだ。ユキには昨日の夜食わせたから」

「ふーん?」

 眉間にシワを寄せるシロを見ながらしっぽをパタリと振って、クロは手帳にもう一度目を走らせる。今日のメニューは全て頭に入ったけれど、念のためそこにもちゃんと書いてあることを確認する。それから手帳を閉じて立ち上がった。

「んじゃ、今日もよろしくー」

 同じく立ち上がって、軽い調子で挨拶をして厨房に入っていくシロの背中に「よろしくお願いします」と声をかけて、表に看板を出しに行く。
 清々しい秋晴れの空が広がっていた。今日も忙しい一日になるだろう。昨日は直前にネズミのお縄騒動があって開店が遅れたから、今日は時間通りに。そんな思いを持ってOPENの札をクロは掛ける。

 だがしかし。この日もディーノは、通常営業というわけにはいかなかった。

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