■ 夢見る頃を過ぎても 8
「懐かしいね……」
クロとアオが帰った後でまだしつこく昔のシロの写真を見ていると、シロがぴょこんとユキの顔の横から顔を覗かせて、手元を一緒に覗き込んできた。そのまま顎をユキの肩に乗せてきてごろごろと喉を鳴らす。
「この頃、パシャパシャ写真撮ってはユキに送り付けてたもんなぁ」
「うん……送ってくれた写真、全部保存してあるよ」
遠く離れている間も、シロ自身のこと、そしてその目に映る世界、その心に届いたものを一つでも多く知りたくて、毎日毎日食い入るように写真を見つめた日々を思い出す。
シロを手に入れるには、そしてその先もずっと一緒にいるためには、もっともっと強くならなければならないと思い知ってがむしゃらに色んなものを吸収して学んで焦っていた日々。誰かがユキからシロを取り上げようとしても、絶対にそんなことはさせないと言い切れるほどまでに強くならなければと思っていた。武力、知力、政治的権力、ありとあらゆる力を欲していた。ユキからシロを奪うのがたとえ国家元首であっても、軍人であっても、司法長官であっても、決してその思い通りにはさせない。──たとえ、変わり者として有名な、それでいてお人好しの料理人であっても。
シロが作ってくれた料理を食べるたび、そしてディーノの看板を見上げるたびにユキはいつもトキのことを思い出す。
今ではもうかつてのあの時のような強い殺意は感じない。憎しみも怒りも穏やかに平らげられて、鳴りを潜めてしまったけれど、それでもまだ悔しさだけはわずかにこの胸に残る。
今から8年前、13歳だった頃のユキの本気の思いを認めてくれたのはただ一匹、見ず知らずのトキだけだった。トキだけがユキのことを「ガキのくせに」と忌々しそうに言って、子どもらしからぬその執念を本物だと認めてくれた。変に大人ぶってシロを譲ってみせるなんて真似もせず、欲しいなら自力で奪い取ってみせろと言い放った。ユキの腕の骨を折っておきながら医者に連れて行くこともせず、あっさりと地元の路地裏に見捨てた。けれど首都に帰ってみればそれは実に綺麗に折られていて、治ったらかえって前より丈夫になった。トキの素性を調べてその性質を思考を読み解いて戦略を練ったりしてみたらそれは思ったよりも楽しくて、学業以外で頭を働かせることの方がずっと楽しいと学んだ。
力を得てもそれを使えなければ意味がない。ひとというものはどのように考え、どのように行動し、どのようなものに反発してどのようなものに服従するのか。周りの人間を実験台にして人間性というものを学ぶうち、それが趣味になって多少悪どい性格になった気がするけれども、ユキの人生はシロを中心として、かつてより随分と多彩になった。
だから、ユキにまでそんな影響を及ぼしてくれたトキのことをシロが気に入って懐いたのもわからないではない。でもそれを認めるのも悔しいし、今でもトキにだけは負けたくないと思っている。誰にだってシロは渡さないけれど、中でもトキにだけは絶対に嫌だ。
たまに気まぐれに調べてみると、トキは実に楽しそうにプラプラと各地を旅して歩いているようだが、いつ急に郷愁を誘われてシロが恋しくならないとも限らない。ユキを番いに選んでくれたシロが、そう簡単にユキを見捨てるとは思わないけれど、それでもシロにとってトキが大切なひとなことに変わりはない。
だからユキはいつもシロといられる幸せを噛み締めて、その幸せを奪われないように気を引き締める。ユキの肩に顎を乗せてごろごろと鳴くシロに手を伸ばして、その身体を抱き寄せた。
「シロさん」
きゅっと抱きしめると、シロはくすぐったそうにクスクスと笑う。
「んー?」
笑いながら甘えるように額をユキの首筋にこすりつけてくるのに、愛おしさを覚えつつその耳を撫でる。
「おれ、シロさんとこうして一緒にいられてすごく幸せだよ」
突然の告白にきょとんとした顔したシロを、ユキは万感の思いを滲ませて見つめる。
「俺のこといつまでもずっと覚えててね。こうして過ごしたことを忘れないで」
そう囁いたユキにシロはふわりと微笑んで「うん、俺もユキと一緒にいられて幸せ」と言ってくれた。
「忘れないよ。絶対に」
そう笑んだ碧色の瞳にキスを落とし、唇にそっと口付ける。舌と舌を重ね合わせて舐め取れば、ぬるりと滑る粘膜の接触にぞくりと欲望が燃え上がる。
「……っ、ん、……っ…ぁ……」
貪るだけ貪ってから唇を離すと、シロの口から鼻に抜けるような甘い吐息が漏れた。
肩で息をするシロの少し上気した頬を左の親指で撫でて、右目の上にもう一度キスを落としてそのまま頬から顎、顎から首筋へと唇を落としていく。かぷ、と甘噛みをしてからユキはシロを見つめて甘く微笑んだ。