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■ 愛してるって言って 5

「シロさん、これは?」

 ユキが指し示したテーブルを見つめて、シロはうーんと唸る。

「デザインはすごく好きなんだけど……ちょっと大きくない?」

「幾つ並べる気なの?」

「四つくらいかなぁって考えてて」

「そっか。そうするとちょっと大きいか」

 ディーノの定休日、そしてユキの休みもうまいこと重なった日曜日、二匹は蚤の市に来ていた。次の建国祭では店からせり出した出店を構えようとシロが言い出し、ならば椅子やテーブルが必要かと話し合って買いに来たのだ。

 プロエリウム会戦によって周辺諸国からの独立を勝ち取ったレース・プーブリカの建国祭は、レース・プーブリカ共和国最大のイベント。5日間連続で行われて、その間はずっと国中どこでもお祭り騒ぎ。特に首都は街中がイベント会場のような賑わいを見せる。店は通常の店舗に加えて道に迫り出した出店も構え、特別に誂えた品を提供する。レース・プーブリカ国民でさえ、この時期にしか手に入らない祝賀品・祝賀料理を目当てに首都に来るほどで、外国からの来賓も迎えててんやわんやの大騒ぎなのだ。
 ディーノでも昨年は建国祭の間だけ限定の祝賀料理を振る舞った。しかし店内は通常通りの状態で営業を行ったため、店先まで長蛇の列ができてしまい交通の妨げになってしまったのだ。通行人が並ぶ客とぶつかるような事故が起きなくて本当によかったと思う。この時ばかりは大通り沿いでなかったのが幸いした。
 今年はその経験を踏まえて、出店を作ることで対応する。それに伴い、料理内容も工夫をして、なるべく回転を早くしようとシロは意気込んでいるようだった。

 昨日リーネア・レクタに来た時は楽しそうにしていたのに、帰宅後は何となく機嫌が悪そうだったシロが今日は楽しそうで、ユキはほっとする。基本的にシロは何事も翌日まで引きずらない方だが、それでも機嫌が悪かったり元気がなかったりしたら心配にもなる。かつて首都と地元で離れ離れになっていた時は自分の不在を悲しんで欲しいと思ったりもしたが、やはりユキはシロにはいつも楽しそうに笑っていて欲しかった。

 あれこれと色んな品を見て回って、散々歩き回った末にようやく納得のいくテーブルと椅子を見つける。全ては後日ディーノ届けてくれるよう頼んだところで、シロは心底おかしそうに笑った。

「これ全部届いたら、建国祭までの間、二階はテーブルと椅子で埋もれるね」

 市を通り抜けるべく歩きながら、シロは愉快そうにそう言う。
 シロとクロのスタッフルームである二階は、同時に倉庫を兼ねているので現状すでに瓶類や粉類の買い置きにかなりの場所を占められている。その残りのスペースにソファを置いてわずかばかりの寛ぎの空間を確保しているのだが、これらの椅子やテーブルが加われば、確かに二階は足の踏み場もなくなるに違いなかった。

「クロが不満そうに顔をしかめる様子が目に浮かぶな」

「クロって意外と、無表情に見えて表情豊かだよね?」

「気に入らない時はいつも、わざとらしくため息をついて、眉間にしわを寄せるんだあいつは」

「それで低ーい声でね。『これから二ヶ月ずっと、この状態ですか……』って。絶対言うよ、間違いない」

 クロの声真似らしい奇妙な低音で言って、シロはまた笑う。
 晴れた日の昼下がり、秋の陽射しは柔らかくあたたかくシロを照らした。グリーンサファイアの如き色合いの瞳が輝き、真っ白な髪と同じくらいに白く抜けるような肌の中で、それは一層の精彩を放つ。誰よりも何よりも愛しいそのひとは、ユキの隣で笑っている。誰にも手出しはさせない、至福のひと時。それは何ものにも及ばない大切な時間だった。

「んー、でもさすがにお腹すいたね……」

 ようやく目当てのものを見つけてほっとしたのか、朝から蚤の市を回っていてランチを取り損ねたことを思い出したらしいシロはお腹に手を当てて情けなさそうな顔をする。そんな仕草までもが可愛くてくすくす笑ったユキを、シロは少し顔を赤くしてじっとりと睨んできた。

「じゃあ、クープでも買ってこようか」

 ディーノが休みの日曜は、二匹で出かけるのが毎週の決まりごと。買い出しをしたりデートをしたり夜は敵情視察と称して他店へと繰り出したりと様々だが、昼は特に他に食べたいものがなければ広場でクープを買い、街を見下ろせる丘で並んで食べるのがこのところの習慣だった。
 バゲットにトマトとベーコンとチーズを挟んで、チーズが溶けるまで焼いたクープ。具材も肉や魚と色々な種類があるが、特に魚のクープはシロのお気に入り。今日もそうしようかと持ち掛けたユキの提案に、シロは目を輝かせて飛びついた。

「それがいい!また丘まで行って食べよう」

 楽しそうなシロを見て、ユキの顔にも自然と笑みが浮かぶ。

「わかった。じゃあ買ってくるから、シロさんはここで待ってて」

 店の前に共に並ぶと迷惑になるからと広場の端っこで告げると、シロは素直にコクリと頷く。

「俺、魚のやつー」

「わかってる。いつものだね」

 軽く手を振り、広場の反対側にあるクープの店に向かう。
 シロの分と自分の分、そしてサラダなどを頼んで包んで貰い、店を後にする。出てしまってから、そうだ飲み物を買い忘れたと戻ろうとして、ユキは視界に端に金色の光を認めた。

 広場の真反対、直線距離で40mほどのところにシロがユキの帰りを待っている。その目の前に、目にも鮮やかな明るい金髪の男と黒髪の男が立ち、シロに何事かを話し掛けていた。
 どくん、と一つ心臓が大きく鳴る。それは一見何の変哲もない光景。観光目的で来たものが道を尋ねているだけかもしれない。なのに何故か、それはユキにとても嫌な予感を感じさせた。

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