■ それは陽だまりに似た 11
コトコト、と鍋がコンロの上で立てる震えるような音がする。次いでかすかに酸味を感じる、トマトの匂いと湿気の匂い。空いたままの胃がきゅる、と鳴き声を上げた。
眩しさを堪えながら目を開ける。白い天井、そして見覚えのある室内。家のリビングルームだとすぐにわかった。眼球を動かして視線を室内に巡らせる。やがてユキは、キッチンの前に立つひと後ろ姿に目を留めた。
その視線に気づいたのか、キッチンに立っていたひとがくるりと振り向く。両手は指の一本一本に至るまで包帯が巻かれ、右手はギブスで固定され、左手は三角巾で釣られている。頬にも大きな絆創膏、そして頭部もまた包帯でぐるぐる巻きだった。
満身創痍としか言いようのない姿。しかしシロはにこっと笑ってみせた。
「ユキ、おはよ。おなかすいた?」
それは事故の前、休日のたびにユキとシロが交わしていた会話。幸せの象徴のようなその言葉に、またユキの視界が滲む。
「うん……おなかすいたよ、シロさん」
リビングルームに設えた簡易ベッドの上、ぽたぽたと涙をこぼしながら訴えるユキに、シロは瞳を潤ませながらも笑みを浮かべた。
「ねえ、ユキ」
ベッドに近づいてきたシロは、そっと身をかがめる。横たわったままのユキの右頬に、包帯を巻いた手がそっと触れた。
「俺と、一緒に暮らそう? ユキが何をしても、何があっても、一生、大事にするから」
にこっと笑ったシロの瞳から、涙が一粒こぼれた。
三年前、田舎にシロを迎えに行った時のプロポーズ。それを今度はシロがなぞる。
震える手を伸ばし、シロを両腕で抱きしめた。
「もちろんだよ、シロさん……大好きだよ。愛してる」
ぎゅうぎゅうに抱きしめて、シロを胸の中に閉じ込める。
窓の外はまだ、嵐のただ中。でも部屋の中はふわふわと立ち上る湯気でほんのりとあたたかかった。真白くしあわせそうに曇る窓。やがてそれらは水滴へと変わるだろう。けれどそれは滲んだって消えない“しあわせ”の象徴だった。